大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 昭和31年(ワ)379号 判決

原告 橋本末喜

被告 上村マツ

主文

本件訴の中家屋明渡を求める部分は之を却下し、損害金の支払を求める部分は之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は被告に対し別紙〈省略〉物件目録記載の家屋の中、本家の二階全部(建坪十四坪八合)を明渡し、且昭和三十一年六月八日以降右明渡済に至る迄月一万円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として原告は昭和三十一年十一月十日の熊本地方裁判所昭和三十年(ケ)第二七号不動産競売事件の競売期日に於て、別紙物件目録記載の物件を代金二十五万一千円で競落し、同年十二月一日競売代金も完済してその所有権を取得した上、翌二日その旨の所有権移転登記も了した。

よつて右物件の当時の占有者である訴外鎌賀清に対し明渡を求めたが応じなかつた為、同人を被告として熊本地方裁判所に家屋明渡訴訟を提起し、同事件は同裁判所昭和三〇年(ワ)第五八六号家屋明渡請求事件として審理中、昭和三十一年二月九日一、同人は右物件を宅地と共に金五十五万円で買取り、右代金は同年三月十五日迄に支払う、二、原告は右代金の受領と同時に、前項記載の物件についての所有権移転登記手続をなす、三、同人が第一項所定の期間内に、右売買代金の支払をなさないときは右売買契約は何らの催告を要せずして解除となり、同人は右家屋を原告に対し昭和三十一年三月二十五日迄に現状のまま明渡す旨の裁判上の和解が成立した。

然るに同人は右和解調書所定の期間内に、前記売買代金の支払をしなかつた為、右和解調書第三項により右売買契約は解除され、右家屋を原告に対し昭和三十一年三月二十五日迄に現状のまま明渡す義務が発生したにも拘らず、之が履行をしなかつたので、原告も已むなく同年六月七日熊本地方裁判所執行吏に委任して右明渡の執行に着手した。

所が被告は数年前から、右鎌賀清の内縁の妻としてその世帯員となり、同人と右家屋に同居していたものであるにも拘らず、前記明渡執行に赴いた執行吏に対して同人から本件家屋本家の中二階全部(建坪十四坪八合)を賃借している旨虚構の申立をなした為、右明渡の強制執行は、被告の賃借部分と称する二階全部に付執行不能となり、引いては右家屋全部に付ての執行も猶予するの已むなきに至つた。

然し乍ら被告は前記鎌賀清の内縁の妻であり、右の事実は近隣周知の事実であるにも拘らず、執行吏に対しことさらに右事実を秘し、単なる賃借人である旨虚構の事実を申立ててその執行を妨害し、今猶何らの権限なきに拘らず本件家屋中本家二階全部を占有し右執行を不能ならしめた事により、原告に対し毎年本件売買代金五十五万円の年二割に当る金十一万円の損害を与えつつあるので、被告に対し右家屋中その占有部分たる二階全部(建坪十四坪八合)の明渡並に右執行不能になつた日の翌日である昭和三十一年六月八日以降、右明渡済に至る迄右金十一万円を月割にした月一万円の割合による損害金の支払を求めて本訴に及ぶと述べた。〈立証省略〉

被告は請求棄却の判決を求め、答弁として原告と訴外鎌賀清との間にその主張の様な訴訟があり、裁判上の和解が成立した事及び被告が数年前から本件家屋中本家の二階全部(建坪十四坪八合)を占有している事のみは認めるが、被告が右鎌賀清の内縁の妻であるとの事実は否認、その余の原告主張事実は凡て不知、被告は右鎌賀清から本件家屋中本家の二階全部(建坪十四坪八合)を賃借使用しているものであつて、原告に対し右占有部分を明渡す義務もなく、勿論損害を与えた事もないものであるが、仮に損害を与えた事があるとしてもその額に付争うと述べた。

理由

よつて按ずるに、本訴家屋明渡請求は被告が世帯主である訴外鎌賀清の内縁の妻である事を理由とするものである所、家族の一員としての内縁の妻の占有は世帯主たる内縁の夫の占有の範囲内に於て行われるにすぎず、家族の一員たる内縁の妻として独立の占有をもつものではないから、世帯主たる内縁の夫に対する債務名義の効力は当然に家族の一員たる内縁の妻に及ぶことは明白であつて重ねて之に対する債務名義を求める必要はないと解すべき所原告が前記鎌賀清に対し、熊本地方裁判所昭和三十年(ワ)第五八六号家屋明渡請求事件の執行力ある和解調書正本に基く、家屋明渡の債務名義を有している事は当事者間に争がないのみならず、本件記録添付の家屋明渡執行猶予調書の記載に徴し明らかであるから、同人に対する右債務名義の効力は当然内縁の妻として同人の家族の一員である被告に及ぶ事は明らかであるから、被告に対し別訴を以てその占有部分の明渡を求める訴訟上の利益はないものというべく、本訴請求中家屋明渡を求める部分はその主張自体に徴し、訴の利益を欠くものとして却下を免れない。

次に進んで損害金の請求に付按ずるに、被告が前段説示の通り本件家屋の明渡義務を負担しているにも拘らず、今猶右家屋中二階全部(建坪十四坪八合)を占有使用している事は、当事者間に争のない所であるから、原告が之により相当の損害を蒙つている事は明らかであるが、その数額に付ては原告主張の損害額の算定は原告独自の判断によるものであつて、とるに足らず他に原告に於て何ら首肯するに足る根拠を主張立証しないので結局損害額に付ては数額の立証がないものとして棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 今富滋)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例